今日は、天皇即位祝賀御列の儀が挙行されました。実は、パレードが行われる前までは、何のためにこのような行事が必要なのかを考えていました。しかし、小春日和の雲一つない穏やかな午後、テレビでパレードが進む姿を見ているうちに「令和」の時代の始まりを直感的に国民に伝える意味の大きさを強く感じることができました。

 さて、日本人とは一般的にどのような国民性を持っているのでしょうか。それは、ルールを大切にする国民性ではないでしょうか。ルールを守るというのは、法律を守るという意味も含まれますが、それ以上にルールを守ることに固執するようです。ルールは、大きなくくりのルールから学校やコミュニティなどのルール迄が含まれます。また、もう一つは、何か問題が起きた場合に気配を消すために余計なこととされるようなこと事に対して言葉を発しない国民性でもあるようです。

 エスカレーターを歩く、安全を考えれば良くないことです。もし、片側を空けたことでエスカレーターを歩く人たちに大きな事故でも起きれば、安全面の管理が悪いと駅や建物の管理者は責任を問われると思われます。しかし、安全面よりも暗黙のルール、少し古い表現を用いれば「KY」が大切にされるということです。もちろん、エスカレーターの片側を空けて立つことは何の問題はありません。結局、自分自身が直接関わらなければ問題ないと考える傾向が強いのでしょう。事実、法的には全く問題はないのです。そのように、周りに無関心となることによって起きることの一つが、いじめです。また、良くも悪くも決まったことを守り続けるという健気さも日本人の特徴です。

 日本人は、一般的には問題のジャッジを神に求めたりはしません。アメリカでは、大統領の就任式にはバイブルに手を置き、神に誓います。神を信じる方々には、神は絶対のものです。しかし、法律は絶対的なものではありません。絶対的なものでなければ、変える必要があるものは変えるという姿勢が必要なのですが、残念ながら、それらの行動に消極的であるようです。その原因は、教育の傾向にあります。そのような認識の違いが他国との摩擦を生む原因の一つかもしれません。もちろん他国でもKYは多く存在します。これからの国際化社会では、様々な国のKYを理解しなければ、海外留学をした場合でも困ることがあるでしょう。同時に、日本国内に多くの外国人労働者が増えつつある現状で、他国のルールを知ることは受け入れ国である日本の必然です。

 日本では、少子高齢化が進み生産力も衰退傾向にあります。バブル期には、経費の削減のために、多くの製造業は海外に生産拠点を移しました。その結果、主に工場での労働人口が減ったことも否めません。しかし、労働人口減少が現実となった今、企業の海外移転は日本人にとって大きな恩恵をもたらす結果となっています。