質の高い小論文は、本質を真摯に捉え、それを難しく語るのではなく、自己の経験を論拠として誰にでも理解していただける内容となります。

 例えば、本質を見抜くということを、芥川龍之介の羅生門を例に取ってみましょう。下人が羅生門に昇り老婆と会うシーンが出てきますが、一般的には、その場面を平面的に捉えている場合が多いようです。小説は多くの場合、頭の中で映像として立ち上がります。その映像は、経験や教養の有無により違ったものとなることは必然です。

 平面的に捉えれば、多くの死人がいる嫌な場所での出来事です。しかし、多くの死体やキット形を留めないほどに腐乱した死体が多くある場所と考えると、羅生門のそのシーンは映像では表現が困難なホラーな世界であるのかもしれません。当然にそのような殺伐とした社会が何故生じたのかなどの調べを進めて羅生門を読み進めれば、羅生門という物語の立体像が浮かんできます。

 羅生門の出典は、今昔物語です。平安時代の末期は、平氏と源氏による争いに伴って京の都は荒廃しました。そのような時代背景を知るには、歴史を立体的に理解することも必要です。歴史は、学校で勉強するような無機質なものではありません。歴史を有機的に立体的に理解することが日本を知る原点ともなります。

 学校の勉強は教養の基礎でしかありません。学校の勉強を基礎に教養にまで広げてゆくには、経験や教養のための学びの時間が必要となり、人生経験が少ない生徒さんには、長い時間が必要となります。