前回のブログで、法と、倫理、道徳、に触れました。

日本の司法の場では、徹底的に法に沿った裁きが行われます。そのために、判官びいきをすれば「何と理不尽な」と思われる判断も少なくありません。

また、本来は、法で語られるべきことが、倫理や道徳とゴチャ混ぜになり感情的な話に進み、混沌となり、訳がわからない本質と離れた方向性に向かうこともしばしばです。

そのような中、7月24日(水)付けの、韓国中央日報の日本語版に、「理の韓国、法の日本」と題したコラムが掲載されました。

日本では、理不尽だと思ったとしても、法律だからと考えますが、韓国は異なります。

当然に、理念が異なりますので摺り合わせはとても難しいとの結論となります。

落とし所がほとんどない国際問題を語り合うことは、情緒主義の過去に縛られずに物事を客観的に話し合うことが可能な、若者達に求められる姿勢かもしれません。

https://japanese.joins.com/article/869/255869.html?servcode=100&sectcode=120&cloc=jp|main|top_news