先生、お久しぶりです。毎度いきなりで申し訳ありません。

今、ゼミで競争に負けて衰退していく文化・同化政策によって失われていく文化について考えているのですが、何かあれば簡単に文面で教えていただきたいです。お願いします。

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文化は、長い歴史のなかで、合理性に基づいて取捨選択をされて現在に至っています。

伝統文化とは、合理性よりも守るべき必要性がある文化と規定して下さい。

先ず、現状分析から始めましょう。

文化が失われる理由は、大きく分けて2つです。一つは、人が合理性を求めるため、一つは教育による画一的な文化や常識の押し付けです。

第二次世界大戦中の日本は、植民地に対して教育を行ったため、多少は、その国地域の文化が失われたかもしれませんが、その文化がその土地に根付けばそれも文化です。しかし、ソ連が,モンゴルに対して行った植民地政策により、モンゴルは独自の文字まで失いました。日本各地で方言が無くなる傾向にある原因は、画一的な学習体系と人がmassに付こうとする方向性が強いためです。

現在、日本の言葉文化に多くの外来語が用いられています。外来語は、新たな智をもたらす新たな文化の始まりとなります。車でも、ドアを開けて、シートに座り、ハンドルを握りとなると、外来語により私達の生活の一部が形成されていることの理解ができます。では、これらの外来語を日本語に直すとどうなるのでしょうか。ドアは、扉。シートは座席。では、ハンドルは、うーん、何と言うのでしょうか。すでに日本語として定着しているのであれば、それは日本語であり、新たな知識を求める日本人の好奇心の結果です。

外来語を、その国の言葉に直すことは容易ではありません。

韓国の中央日報7月10日付けコラムに、現在、韓国が国や行政の指導のもとに行っている、日本積弊とする日本語文化の一掃に関しての懸念を示したコラムが掲載されました。

https://japanese.joins.com/article/372/255372.html?servcode=100&sectcode=120&cloc=jp|main|top_news

日本と韓国は、異なる国で法体系も異なります。どのような行動をとろうと、韓国国民が選んだ道を歩まれることは自由です。しかし、執権者であるムン・ジェイン大統領が率いる、共に民主党の朝鮮語(韓国語)表記をローマ字表記(発音)にすると「deobul-eominjudang」minjuとなり、日本語の民主を、そのまま朝鮮語(韓国語)として使用しています。韓国では、日本語が生活に欠かせない状況にあるのも事実であり、日本語由来の韓国語の根絶には大変な時間と努力が必要だと思われます。
もちろん、ムン・ジェイン政権が述べる通り、日本の植民地支配が主な原因であることは間違いありません。しかし、外来語が、その国の言葉となれば、それを受け入れる寛容性は、民族性によるものかもしれません。
しかし、外来語を、その国の言葉に置き換える努力をすることは、誰にでも分かるという意味で必要な行動です。
言葉の本質の一つは、如何に多くの人々が理解をするかが大切であることを忘れてはなりません。

本題に戻ります。

日本には、素晴らしい文化が残っています。宗教に対しての寛容性もその例です。明治初期には、廃仏毀釈が行われ、仏教は滅ぶ寸前でした。また、第二次世界大戦後の神道への嫌悪感から神社も危機的な状況となりました。

現在、日本人の多く方々が、八百万の神様(仏教も含んでますね)への崇敬のためか、赤ちゃんのお宮参り、結婚式でのキリスト教、亡くなったら仏教と見事な使い分けとなって表現をされています。

結局、ほとんどの日本人は、初詣等を特に宗教行事とは考えず、日本の伝統文化としているようです。

そのように、文化は、人の心に存在するものですが、教育や圧政により、本来は、心の中にある文化が消えてしまう恐れもあります。例えば、中国ウイグル族の生活とイスラム教、チベット族とチベット仏教は、ほとんどに於いて一対のものですが、中国政府は、中国政府と国民の整合性を重視し、宗教的側面を否定します。

教育は恐ろしいものです。中国人の若者は、既に天安門事件を知らない人たちが多いようです。それは、教育で天安門事件を教えないからです。

天安門事件は、文化とは関係ありませんが、文化は、教育でフォローをしなければ滅びます。日本でも、今後、地方で残すべき文化を更に掘り起こす必要もあります。

是非、アイヌ文化の衰退などについて一度調べて下さい・

https://mainichi.jp/articles/20180826/k00/00m/040/066000c

俳優の宇梶剛士さんのお母様はアイヌ民族運動の活動家です。宇梶さんは若い頃、それに反発をしていたようですが、現在は対立していたお母様と手を携えて、一緒にアイヌ文化を守ろうとしています。

https://www.town.urakawa.hokkaido.jp/kouhou/2011/files/08/104.pdf

7月15日放送の、以下のURLにあるTV番組で、アイヌ関連のドラマが放送されるようです。アイヌ文化の一端がわかるかもしれませんね。

https://www.nhk.or.jp/sapporo/nispa/

アイヌ民族である宇梶さんも出演しています。

人も、国も食べられるようになり、余裕を持つことができるようになってから文化を尊重するようになります。

経済優先か文化優先かは、この議論の原点であり、文化の尊重が国の分裂にも繋がりかねない懸念の考慮も必要です。

ところで、現在は、インディアンという表現は使いません。第一、彼らはインド人ではありませんよね。

彼らをインディアンと呼ぶ原因となったのは、コロンブスの大いなる嘘です。

コロンブスは、インドには行っていませんが、スポンサーへの報告の都合上、インドに行ったとして、その島々は、今に至るまで「西インド諸島」とされています。したがって、その辺りに住んでいた人を「インド人」としたのです。

さて、国の発展時には、先ず同化です。同じマインドで働いてくれなければ、争いのもとです。現在の日本やアメリカは、先進国として経済的な余裕が生まれています。今では、文化の違いを地方創生にも役立てることができつつありますので、国の発展段階による文化に対しての許容の違いにも留意するべきです。

中華料理、韓国、朝鮮料理を食文化の侵略なんて考えている人は稀でしょうね。

それどころか、現在では、中国には存在しない中華料理が中国人観光客に評判だとの新聞記事を見たこともあります。スパゲッティナポリタンもイタリアには存在しません。

文化を侵食と見るか受容するかも、個々人や国の度量の大きさかもしれません。しかし、植民地や併合となれば、状況は変わります。それは、圧政による、差別の歴史でもあるからです。

韓国は、1910年日本に併合されました。沖縄は、1872年の琉球処分の一環として琉球藩となり日本に呑み込まれてしまいました。

韓国は、1945年の日本の敗戦により再独立し、紆余曲折を経て現在の韓国となりました。沖縄も、日本化により、特に言語文化が失われましたが、現在では、沖縄の方言の復活への取り組みを積極的に行っています。国は、アイヌ文化の復活に、今年も10億円の予算を組み、手を差し伸べています。

具体例は、大学の図書館でいくらでも調べることができると思います。調べた具体例に至る原因の分析及び伝統文化を守るitineraryを模索する方向性でゼミテーマのレポートを書かれらたどうでしょうか。

その中で、失われた伝統文化の再生に必要な予算の構築と、大衆の理解、ボランティア活動等による再生に向けた活動の必要性までを、具体的に示すと良いでしょう。