大学入試の小論文では、文学作品をモチーフとした出題や小説そのものが課題として出題される場合も少なくありません。

それも、難しい文学作品だけでなく小学校、中学校で読むような小説が課題に用いられているのが特徴です。

実は、そう申し上げるのには理由があります。

ハイレベルな世界で統一された学習方法の最も代表的なものが国際バカロレア(以下IB)です。IBに記された学生像は、日本社会でも必要とされる人づくりに有効であるために、IB学習を習得した生徒は、大学入試に於いても有利となります。

但し、有利になると記しましたが、1,2教科の履修では、その有効性はほとんど認められません。そのためには、IB学習を学校のプログラムとして採用し認められた学校で学ぶ必要があります。

海外のインターナショナルスクールに在籍する日本人生徒は、IB学習を終了しIBディプロマを取得して高校を卒業する生徒と一般の学習で高校課程を終了する生徒に別れます。その割合は、IBディプロマを取得できる生徒が1割、一般学習で卒業する生徒は9割と大きな差が見られます。

その理由は、IB学習は、一般学習に比べて難易度が大変に高いことに起因しています。そのため、一般的にFull IBと称されるIB Diplomaを取得した生徒は、その後の大学受験や就職にまで良い意味で影響が及びます。

但し、私は全ての生徒さんがIB学習に傾注することをお勧めするわけではありません。IB学習は、教科書を使って先生に教えていただく授業ではなく、与えられた課題を自分自身で答えに到達することが求められる学習体系となっているからです。

その過程で先生はアドバイスをしてゆきますが、答えに至る論理と答えは自分自身で導き出さなくてはならないために、生徒は学びを自問自答、疑心暗鬼を繰り返しながらすすめて行きます。

当然に、クリティカルシンキングから自分自身が論理的に正しいと示せる論理展開が可能となり、この姿勢は社会人になってからも活かされる優秀な人材の基礎となります。

でも、学習は大変ですので、BESTでは、IB学習の学習形態を取り入れながら、分かりやすく、そこに至る論理を説明し優秀な学生を生み出しています。

以下に、IB学習の理念を文部科学省のHPから引用をします。日本国が求めている人材とは何かをご理解いただける一助となる筈です。

 国際バカロレアの理念

 国際バカロレアの理念は、一貫した国際教育の観点から、「IBの使命」や「IBの学習者像」として示されている。

(1)IBの使命(The IB mission)

 「IBの使命」は以下のとおりであり、国際教育プログラムを推進し、発展させることの総体的な目的が示されている。

 「国際バカロレア(IB)は、多様な文化の理解と尊重の精神を通じて、より良い、より平和な世界を築くことに貢献する、探究心、知識、思いやりに富んだ若者の育成を目的としています。
 この目的のため、IBは、学校や政府、国際機関と協力しながら、チャレンジに満ちた国際教育プログラムと厳格な評価の仕組みの開発に取り組んでいます。
 IBのプログラムは、世界各地で学ぶ児童生徒に、人がもつ違いを違いとして理解し、自分と異なる考えの人々にもそれぞれの正しさがあり得ると認めることのできる人として、積極的に、そして共感する心をもって生涯にわたって学び続けるよう働きかけています。」

 このようにIBプログラムでは、「国際的な視野」をより明確な言葉で定義づける試みと、実践を通じてその理想に近づこうとする努力を、IB認定校の使命の中心として位置づけている。

(2)IBの学習者像(The IB Learner Profile)

 「IBの学習者像」は、「IBの使命」を具体化したもので、「国際的な視野をもつとはどういうことか」という問いに対するIBの答えの中核を担っている。具体的には、IB認定校が価値を置く人間性を、以下10の人物像として表している(各学習者像の具体的な内容は、以下リンク先を参照)。

  • 探究する人
  • 知識のある人
  • 考える人
  • コミュニケーションができる人
  • 信念をもつ人
  • 心を開く人
  • 思いやりのある人
  • 挑戦する人
  • バランスのとれた人
  • 振り返りができる人

「以上、文部科学省国際バカロレアの理念より引用」

参考:日本の国際バカロレア認定校数:138校 文科省HPからの引用

文学作品に関しては、作品内容の考察において作者の心情や背景、その作品の要約はもとより、行間を読み作品の本質を読み解く姿勢が問われます。

 この学びにより、大学入試に於ける各種設問や課題を深く読み解く力が身につくことは特筆するまでもありません。

 IB Japaneseでは、芥川龍之介の作品が多く用いられます。芥川が文学作品を執筆、発表をした時代は大正時代です。

 大正時代は、第一次世界大戦と共に始まりました。日本は、第一世界大戦の戦勝国として国際連盟の常任理事国となりました。余談ですが、国際連盟の第一次世界大戦の敗戦国であったドイツも大正15年(昭和元年)に国際連盟の常任理事国となりました。

 常任理事国となった日本ですが、まだ国民の間では、人はどう生きるべきかなどの啓蒙思想については、これからという時期でした。大正デモクラシーと称される現象は、日本人のそのような意味での新たな息吹であったと思います。

 明治後期、大正、昭和初期には、文豪とされる多くの日本人作家が生まれました。芥川龍之介、菊池寛、森鴎外など、煌星のごとく今も愛され研究される作家が生まれたことはご存知かと思いますが、多くの作家は、作家の数だけ、或いは作家の精神的な変化により多くの理念が作品に表現されるようになりました。

 現在も、それらの文学作品が小、中学校教育でも用いられることで生徒たちの素養、社会理念の基礎が形成されてまいります。

 当然に、その後の学習知識が加算されることで高校生は更に深く理解が進んでいることを大学受験の小論文で証明する必要があります。

 一例として、高瀬舟を取り上げ掻い摘んでご説明をします。

 高瀬舟は、現在も大学だけでなく大学院などでも研究をされる永遠の課題の一つです。

 高瀬舟の中で罪人と役人によって交わされる内容が主題の短編小説ですが、素直に読むか、或いは作者である森鴎外の背景を十分に理解した上で読み解くかは読み手の裁量にかかっています。

 一般的には、大学受験に於いては、高瀬舟を安楽死などの観点から考えてゆく場合が多いようです。ここで忘れてならないのは、森鴎外(森林太郎)は、日露戦争後の陸軍軍医総監に就任した医学界のエリートであったことです

 医師が安楽死を認めるのか。

 私は、森鴎外のジレンマを感じています。戦争では、大きな怪我を負った場合、安楽死は避けて通れない問題です。

 森鴎外は、医師のトップであったと共に、人を思いやる性格もあったようです。

 日露戦争では、白米食を原因とした脚気に起因する病死又は戦死者数は3万人近くにも及んでいます。麦飯により脚気を防げるとの海軍や陸軍の意見を排除して、脚気は病原菌によるものだとの見解を変えずに多くの死者を出したくらいに森鴎外は兵隊思いであったのかもしれません。見方を変えれば、森鴎外がいなければ3万人近くの脚気による死者を出さなかったかもしれないということですね。

 私は、権威の愚を森鴎外に感じています。

 当時脚気は、日本特有の病気として認識をされていたようです。よって、森鴎外は、ドイツ医学者としてウイルスによる風土病と考えたことを理解できます。しかし、当時の日本の医学界に於いては森鴎外に正面から間違いであると言い切れる状況はありませんでした。テレビなどで「〇〇教授のご回診」と多くの医師を従えて廊下を歩く場面を目にすることがあります。森鴎外は、日本中の医師を従えている立場でした。

 その頃の日本では、脚気は栄養バランスからくる病気だとの論文を世界に発表する準備が整っていました。しかし、栄養学がほとんど未発達の時代に、権威を覆すことは困難でした。 

 発表予定であった栄養素は「オリザニン」です。オリザニンを発見したのは「農学者」でした。もちろん、森鴎外が医師のトップとして君臨している状況で農学者が世界にオリザニンを発表することはありえない状況でした。

 オリザニンは、その後にビタミンとして世界で認識され、現在に至っています。オリザニン(ビタミン)の研究が遅れたことによる、多くの戦病死を生じた重要な責任が森鴎外にあることは否定できません。

 さて、少し長くなってしまいました。今回は、背景を知ることの一例までに留めさせていただきます。

 大学受験と文学作品の読み解き方は次回とさせていただきます。