この問題は、生徒がどのような見解を持っているかという出題意図です。だから、調査によって結論が出ていると書いても良いのですよ。でも、それでは小論文になりませんよね。ということで、この問題をあなたがどのように考察するのかを述べなくてはなりません。

 例えば、以下のような論理建てで書くこともできますね。

 血液型と性格に関連性はないとするような記事を目にすることは多いと思います。しかし、日本では血液型での相性占いや、性格診断を行うことは一般的なことです。

 では、どうして日本では血液型による人の性格などの診断をするのでしょうか?

 先ず、日本が他の国と異なっていることから検証してみましょう。日本は、ある意味一般的な国々とは大きく異なっていることがあります。

 アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、タイ、中国など、ほとんどの国々は多民族国家です。しかし、日本は、世界にもまれな単一民族国家と言っても過言ではない国です。最近では、多くの国から日本においでになった方々も増えていますが、民族構成的には単一国家と定義してもおかしくない現実があります。それも、海により人的交流だけでなく文化的交流までが世界と隔てられており、独自の文化や社会常識が凝縮されていきました。

 もう一つ、世界に類を見ない独特な国家観があります。一般的な国では、戦争などにより負ければ当然に頂点に立つ支配者である王様も変わり、支配民族も変わることもしばしばです。例えば、中国を17世紀半ばから20世紀初頭まで支配をした清は、満州族が支配した国家です。少数民族である満州族が中国を300年近く支配しましたが、そこで見えてくることは支配をされても各民族の生活は独自の文化を守っていたと考えられます。

 タイでも日本の方々は、家庭での食事も含めて日本と同様の生活をしています。

 このように、民族は独自の文化を当たり前に生活に取り入れていますが、支配者が変われば国家の文化常識も影響を受けます。韓国では、中国の影響を受けた国家体制であったり、3つの国家が並立したりと、日本のような最初から日本であるというような概念はありません。

 現在の中国は、中華人民共和国です。その前は中華民国。20世紀初頭までは、清国です。当然に、頂点に立つ国家の顔も変化をしています。清国では、支配をされていた漢民族でも満州族の辮髪が男性には義務付けられていました。表向きの文化は、満州族の文化であったでしょう。しかし生活に於いては、各民族の文化であったことは容易に推測できます。

 日本では、古代から天皇が国家権威であり、どのような時代に於いても排斥されることはありませんでした。とうことは、大和朝廷成立後の日本は、他民族の支配を受けることなく、文化も良い意味での似たり寄ったりとなり、そのために文化の醸成が可能となりました。

もう一つ、日本人の歴史観は(注)他民族の支配を受けなかったために流れで歴史を捉えるのが特徴です。(注:ポツダム宣言受諾からサンフランシスコ講和条約発効迄は連合国の支配下でしたので、完全な独立国家ではなかった時代があります。)

 近世、近代に於いて他民族の支配を受けていた国は、支配された歴史を完全には受け入れることはできません。流れとしての自国の歴史観を当然に受け入れる場合は少ないようです。

 外国の多くは、多民族国家であり、歴史的に見て他民族の支配を受けた国が多いのも特徴です。

 こう述べるともうわかりますよね。性格や行動パターンは、それぞれの民族の文化により決定されているということです。世界では、日本人は勤勉でまじめとされています。タイ人は、一般的に細かいことにこだわらず、おおらかだと言われています。しかし、中華系やインド系、欧米系のタイ人も多く、時間に厳格なタイ人も多く見てきました。そうなのです。血液型ではなく、その人の持っている文化的価値観により性格などを語られることが多いのです。

 日本は、単一民族国家としても過言ではないような民族構成のため、ほとんどの人が、同様の日本的な食事をし、日本の文化を当然として生きていますので外国よりも細分化した分け方ができるのです。

 そのために、他国では性格判断に用いられない血液型が日本では性格判断の一つに利用されているようです。

 性格が、文化的価値観だけでなく更に細分化して判断する基準がある国が日本です。だからこそ、良い製品ができ、良い性格を模範として行くための指針を設けることができるのでしょうね。それは、文化的価値観が近く「阿吽の呼吸」がほとんどの場合で可能な日本人だからこそだと考えることも可能です。

 血液型で性格を判断することは、公にはあってはなりません。しかし、星占いよりは、正確度は高いでしょう。自分の中で自己改革をする上での血液型による性格判断は自己を見つめるうえでは良い結果をもたらす一因となるかもしれません。相手に当てはめるのではなく、自分のために利用するならば何ら問題はないと思います。