今日は、タイのインターナショナルスクールなどの学校に在籍する生徒の皆さんへの比較文化のヒントです。

 タイでは、お隣のカンボジアに修学旅行に出かける学校もあるようです。

 日本では、カンボジアは、馴染みの少ない国だと思われる方も少なくないようですが、バンコクからカンボジアのアンコールワット遺跡までは500キロほどでしかなく、東京から大阪に行くよりも近い場所に位置しています。

 ところで、アンコールワット遺跡は何の遺跡かご存知でしょうか?その答えは、ヒンドゥー教の遺跡です。

生徒から、仏教の遺跡ではないのかと問われることがありますが、仏教ではなくヒンドゥー遺跡です。

 では、何故そんな大きなヒンドゥー遺跡が仏教国のカンボジアにあるのでしょうか?実は、カンボジア地域でヒンドゥー教が衰退し、だれも目を向けなくなり打ち捨てられたところだから遺跡として残ったのです。アンコールワットでは、首がない石像が数多く見受けられます。見捨てられ、ジャングルに埋もれ、だれも見向きもしなかったからこそ保存された状態で残ったのです。

 遺跡がすべて打ち捨てられたものとは言えませんが、遺跡はそのような傾向が強いということを理解してください。例えば、モースが発見した大森貝塚も貝殻を捨てる場所=大切ではない場所だから放置され遺跡として残りました。私が、子供の頃には「和同開珎」が最も古い貨幣と教科書で学びましたが、現在では「富本銭」が最古の貨幣とされています。富本銭は、流通していたかどうかは未だ疑わしいところはあるようですが、明日香村で鋳造失敗作と思われる富本銭が見つかり最古の貨幣となりました。これも失敗作だから捨てられたために見捨てられ価値がないと思われたからこそ埋もれたまま現代迄残ったのです。

 アンコールワットに戻ります。

 ヒンドゥー教はインドやインドネシアのバリ島などで信者が多いことを知っている方も多いと思います。タイではどうでしょうか?タイでもヒンドゥー教はタイの政治、宗教文化に色濃く残っています。タイでは人口の約95%が仏教徒とされています。タイとカンボジアは昔から領土などを巡り度々争いを起こしています。アンコールワットの衰退は、タイのスコータイ王朝の覇権が影響をしています。スコータイ朝はクメールを駆逐しスコータイに王朝を築き、それまでのヒンドゥー寺院を仏教寺院に改修しました。よって、現在も、クメール、ヒンドゥー文化の影響を受けた、ヒンドゥ教様式の寺院がタイには多く存在します。

 それが、何なの?ですよね。ここからが大事なところです!タイの王家の紋章は、ヒンドゥー教の神様である「ガルーダ」です。バンコクのBTSチッドロム駅を降りてすぐの「エラワン廟」も実はヒンドゥーの神様です。

 タイは、長い年月の中で、民族、宗教、国家間での争いを経て多くの民族や宗教がミックスされ、現在の文化を築いてきました。

 ここで、大事なことは、ただ排斥するのではなく、異文化を認める必要性です。多くの争いの結果として、その時々の状況に合わせて曖昧ではあるが受け入れ妥協をしてきたからこそ、日本を含めたアジア地域で唯一、タイだけが200年以上の独立を保てたのかもしれません。

 日本は、良いと思うことは争わずに受け入れてきたようです。鎖国とされる200年以上もの期間があったにも関わらず、明治以降西洋文明を積極的に受け入れ現在の日本へと発展しました。日本は、地理的な理由から他国と文化や宗教で争うことは、近代以前に於いては少なかったようです。しかし、それ以上に、優れた文化を食から始まり生活全般まで受け入れた日本の民族性と好奇心と合理性が現代日本文化の礎となっています。

 現在のバンコクに住む方々も多文化を上手く利用した生活を送っているようです。

 バンコクの民族分布をザックリと分ければ、スクンビット、ソイ3-4は、アフリカや中近東のイスラム教徒地区。そこからアソークの交差点の偶数ソイはインド系の方々、奇数側は、朝鮮系の方々が多く、ソイ21-63は日本人や欧米系、韓国系の駐在員の家族が多いのが特徴です。イスラム系でもソイ71からオンヌット迄は、タイ人のイスラム教徒地区と分かれています。バンコクにお住いの日本人の方々ならば、日本の生活が日本以上に便利だなと感じた方も多いと思います。バンコクは、狭い地域を異なる文化毎に上手く住みわけができている、ステンドグラスのような美しさがあります。

 宗教や文化が違っても、お互いを尊重できるシステムが自然な住みわけにより生まれています。

 それは、お互いの文化や宗教をどちらの方が優れているなどの主張をしあうのではなくお互いの存在を自然な形で認め合うことの必要性が経験的に理解されているからです。

 文化や宗教の融合を歴史から見れば、戦争などの悲惨な状況が起きる恐れも多分にあります。バンコクのように、ステンドグラスを目指せば争いも起きにくくなるかもしれません。自分自身に文化に基づく「文化的常識」があるように、相手にもそれぞれ「文化的常識」が存在します。自分の文化や存在を理解してほしいのならば、相手の文化や存在の理解も重要です。

 タイに居住し日本への帰国子女受験を目指す皆さんは、互いの存在の在り方を経験でき、過去に起きた他の文化との争いによる興亡を目の当たりすることも容易です。それらの体験的な学びを受験の際の、志望動機理由書、小論文、面接等でのアドバンテージとして大いに活かしてください。