最近、NHKの地上波、BSのドキュメンタリー番組でヒトラーを取り上げた番組が目につくようになっています。

ヒトラーが党首であったナチスは「国家社会主義ドイツ労働者党」のドイツ語略称です。

いくつかの日本語訳があるようですが、日本の高校の教科書では上記表記です。

ドイツ人民族を優れた人種であると規定し、ドイツ人民族主義による「大ゲルマン帝国」を目指したのがナチスであり、民族の優位性を訴えることの愚かさを見てとれます。

日本の帝国主義は、少し異なりますが似たり寄ったりの姿勢を見ることができます。

日本の公教育ではこれらの学びは僅かしか行われません。

しかし、大学受験には必要な知識となりますのでしばらくお付き合いください。

1930年代からドイツは単一民族による世界秩序を築こうとし、日本は八紘一宇の掛け声のもとアジアを日本人の秩序で一つの家としてまとめようと動きました。

ドイツは、第二次世界大戦後、ナチスドイツの戦争責任や、ポピュリズムの怖さ愚かさや戦争の反省を現在に至るまで教育の一つの柱としています。

もちろん、民族の優位性を排した徹底した教育が行われ、他民族を蔑視したナチスドイツの考え方は完全に否定されました。

第二次世界大戦後はナチスドイツの反省から多文化主義をドイツの方向性として定着を図りましたが、2010年以降、メルケル首相は「多文化主義は失敗」と認めるに至りました。

結局は、各国ともに自国のイニシアチブをとっている民族文化の優位性が自然に高まってゆくことを認めているということです。

現在のドイツは国民の20%以上が、両親のどちらかの出身国が他国です。以前のゲルマン民族ドイツ国家ではなくなっているということです。

それでも、国家ナショナリズムは、国家の中に他の文化の高まりや、異なる常識が目に付くようになると自然と高まるということなのでしょう。

現在のドイツは、多民族国家です。では、単一民族国家のような国ではそれがどのようになるのでしょうか。

私たちは、海外で「日本だったらこうだよね」と優れた日本の文化に比べて他国で経験することが常識外のような発言や見方をしていないでしょうか。

もちろん、私もそのような経験を数多くしています。しかし、その場合には、なぜそうなるのかとその国の文化をそこから知る入り口とするようにしています。

どこの国でも、初等教育や中等教育の前期教育は公費によって負担をされている場合が多く、当然に自国を嫌いになるような教育は行いません。特に、国史、日本ならば日本史も今の日本の国家にとって都合よく書かれていることを推測することは容易です。

この傾向は、韓国も北朝鮮もロシアも中国も同じです。国を愛することは大事なことですので、それ自体を否定するものではありません。

ただ、そのような傾向がある、と理解をした先の能力が求められるのが今後の大学受験生に求められる資質です。

日本は、幸か不幸か第二次世界大戦以前の日本帝国を反省する機会をアジアでの共産主義の台頭や朝鮮戦争によって失いました。

戦後の教育では戦争の反省や戦争責任はうやむやとなっていますが、朝鮮戦争をきっかけとして日本は経済成長を遂げ、今では世界に信頼される国となっています。

それは、日本の教育が未来志向だからです。裏返せば過去を学校であまり学ばないということです。

最近、韓国との軋轢が様々に浮き出ています。

韓国では、李承晩政権以降の反日教育を徹底的に刷り込まれた人々が政権の中枢を占め、ステレオタイプ化された韓国語の「恨」(恨み、妬み、ひがみが一体化された感情)に行き着く感情が社会のトレンドとなっていることは容易に想像ができます。

でも、私が関わってきたバンコクの国際学校で日本人生徒と一緒に学ぶ韓国人生徒からは、そのような傾向は全く見ることはありませんでした。それよりも、日本人生徒と韓国人生徒は、特に仲の良い傾向にありました。

よって、今後も表向きは教育や世間に迎合した形での反日の態度を見せる韓国人の若者は出てくると思いますが、彼らはもっと現実を見ていますので今のような傾向は縮小してくると確信しています。

海外に住むと自然な形で愛国心が目覚めてきます。日本にいても当然に日本が良いと思う日本人が多い筈です。

余計な愛国心、他の民族より優れた民族や国であるということは各人が経験的に感じれば良いことであり教育で行うべきではありません。もちろんこの考え方は世界どの国でも共通となることを願っています。

ポピュリズムを煽る政治は、その政権と民衆の思いが一致しているときは高揚した気分とともに一丸となったような錯覚に陥ります。でも、高揚感が去ったあとはどうでしょうか。

民主主義は大衆迎合主義ではありません。少数派の意見にも真摯に耳を傾け誰しもが納得する方向性を見出すことが民主主義です。

そのためには、他の人々が耳を傾けてくれるような論理展開能力が必要です。

こんなことは、学校で学んでいない、と思う方も多い筈です。でもそれが、受験生に求められるようになったことを直視してください。

ここ最近の大学入試は、未曾有の厳しさとなっています。

その理由は、2021年に向けた入試改革に合致した入試傾向が強くなったことであり、国の地方創生政策に伴う都市部の大学の合格者の大幅な減少です。

今までは、学業のコピペができる生徒が優秀な生徒として受験でも優位となっていました。

しかし、最近の大学受験では、学業を基礎とし、学校では学ぶことが困難な、教養、知識、経験から答えを見出す応用能力がある受験生が優位となっています。