事実は、現実的に受け止めることが必要です。でも、原理原則論をお互いに言い合えば話はまとまらなくなります。

今回は、そのような視点、特に相手国との視点から日本を見てみましょう。

最近、韓国とのギクシャクした関係や日露交渉が毎日のようにテレビのニュースや新聞の紙面を賑わしています。

歴史、特に個々の国の歴史は、その国独特のものであり、世界共通の認識ではありません。例えば、日本の歴史の

点数が高い生徒が海外でその歴史館を述べても正論として必ずしも認められる訳ではありません。

それよりも、何よりも、歴史に於いて何故それが起きたのかの理由を理解する学びを行うことが必要です。

アメリカ式の教育のインターナショナルスクールでは「原爆投下」は正しい選択であったとされています。

日本では、当然に「悪い行い」と学びます。

では、アメリカが何故に原爆を日本に投下したのか。

それも、月曜日に広島、木曜日には長崎と僅か4日の内に2回も投下されたのでしょうか。

一つの理由は、大量破壊兵器で日本の息の根を止めるという判断です。それは、アメリカがヤルタ会談での

密約であるソ連の参戦前に戦争を終結させたいとの思いがアメリカや英国の指導者が強く持ち始めたからだ

と考えられます。

マンハッタン計画は、アメリカと英国の共同で行われたことを知っている生徒は少ないと思います。

日本への原爆投下も、英国の了承があったから行われた「大量破壊兵器の使用」でした。

では、何故、アメリカと英国が原爆開発に協力し短期間に2発も続けて用いたのか。 それは、チャーチルと

トルーマンがソ連を恐れたからに他なりません。

ソ連は、スターリングラードの攻防から力を取り戻し、破竹の勢いで東ヨーロッパの国々をその影響下に置く

べく進軍を重ねました。

ソ連では、ドイツの脅威が去った1945年半ばから、そのすべての力を極東地域に振り向けることが可能となりました。

当然に、モンゴル、中国、朝鮮半島、日本がソ連によって占領されることが現実的になり、チャーチルとトルーマンは、

第二次世界大戦集結の早期決着を図ろうとしたのです。

しかし、その目論見は、半分成功し、半分失敗でした。広島への原爆投下により日本の息の根は、ほとんど止まったと

見たソ連が8月8日に日本への宣戦布告を行ったからです。

それにより、日本の北方4島だけでなく短期間で朝鮮半島の北部まで占領されました。ソ連は朝鮮半島の支配のために

ソ連軍将校であった、キム・ソンジュを朝鮮の歴史上の英雄「金日成」として朝鮮に送り込み、ソ連の傀儡政権として

の朝鮮民主主義人民共和国を設立しました。

原爆をとっても、アメリカや英国は使用しなくてはならない理由があったのです。

私は、原爆投下を認めません。しかし原爆投下が巨悪であれば、1日だけの損害死者数で見れば原爆投下よりも大きな被

害となった1945年3月10日の東京大空襲が同一線上で語られなないことは残念です。

日本人にとっては、第二次世界大戦は過去のことかもしれません。しかし世界にはそう考えていない、それよりもそこを

拠り所とした歴史観を持っている国は少なくありません。

先日のTV番組でロシア大使は「日本はヒトラーと共に戦った国だ」と述べていました。

ドイツでは、ヒトラー、ナチスに協力的だった人々は戦後に排除をされました。

国連の事務総長を務め世界から尊敬され、その後にオーストリアの大統領になったワルトハイム氏は、大統領在職中にナチ

スの突撃隊員であったことや通訳を務めていたことが発覚しました。 1987年にはアメリカの「要注意人物」に指定され、

大統領再戦への立候補もとりやめ「ペルソナ.ノン.グラータ」として失意の晩年を過ごしました。

では、ロシアは何を言いたいのか。「ヨーロッパでは処罰される対象の人たちが日本では処罰されないどころか、第二次世

界世界大戦でソ連領と決まった領土まで返せと言っている」

ということなのでしょう。

国後択捉を含む千島列島は、ポツダム宣言第七条にソ連の占領下に置かれることが明記されているだけでなく、サンフランシ

スコ講和条約(ソ連は不参加)でも、日本の吉田茂全権が千島列島放棄を追認しています。

それを承認した日本は、ソ連からみれば「無理難題をふっかけている」ということです。

世界史では、第二次世界大戦を戦ったドイツは「ナチス・ドイツ」とされ、現在のドイツとは異なる表現をとっています。

日本はどうでしょうか。残念ながら「第二次世界大戦の亡霊」がロシアや他の国では見えてしまうのです。

私は、日本は第二次世界大戦を十分に反省していると考えています。

また、世界に類をみない「潔さ」を持つ国民性があり、それだからこそ戦争をしないと考える人々が大多数を占める国になった

のだと思います。。

しかし、それは私達の思いや考えであって、それが他国に伝わらなければ理解はされません。

歴史は、日本の国史を含めて「勝者の歴史」です。

それだけでなく歴史は「経験」でもあります。

歴史から今を考察することは、大学受験を目指す生徒にとって、すべての学部に共通する、経験から今を学ぶ上で重要です。