歴史を知ることは現在起きている問題の原因を理解するために重要です。

楽市楽座を覚えていらっしゃる方も多いと思います。必ず学校で勉強をする内容だからです。しかし、楽市楽座が、その後の日本にどのように影響を及ぼしたのかを学んだ方は少ないと思います。学校の勉強は基礎であって、基礎を発展させるのは個人に任せられている教育体系があるからです。

私が日本の歴史上最も興味を持っている時代は、16世紀後半です。

日本の歴史では、安土桃山時代、織豊時代などと称されています。

私は、織田信長は破壊神。豊臣秀吉は、再生の神。徳川家康は学びを発展へと導いた、建設の神。と位置付けています。

織田信長ほど権力者から恨まれた人は他にはいないと思います。室町幕府で確立した日本の常識である座を破壊し、その座の守護神である仏教、宗門までを破壊したことは、座に関わる権力者だけでなく、一般民衆からも恨まれたことは当然です。それまでの秩序を破壊してしまったのですから人の業とは思えません。私は、織田信長がその後も天下を取り続けていたら、独善的な独裁恐怖政治が起きたのではと冷や汗が出る思いがします。

座について補足説明をします。

座は、室町時代に確立した一種の専売権です。主には、商工業者が集まり神社仏閣に税を収めることで「販売権」を得るシステムです。神社仏閣は、座の発展により大きな財力や人力を得られるようになりました。しかし、座がある限り自由な売買はできませんので経済の発展にはマイナスになる傾向が強いのが座の特徴です。

織田信長は、神社仏閣の収入源の柱を奪ったのですから、信者までが信長への反旗をひるがえしたことは容易に想像ができます。

その後、神社仏閣との和解を上手く政治に利用したのが徳川幕府です。徳川幕府は、神社仏閣を戸籍管理に利用し特権も与えました。宗教を政治に上手く取り入れた徳川幕府の経営って凄いなと思う理由です。

ところで、先程から神社仏閣と記しているのには理由があります。江戸時代までは、神道と仏教は習合状態でした。元々、その土地で信仰を集めていた神様とお寺が結びついて神仏習合となり、その状況は江戸時代まで続きました。しかし、明治に入り、前時代の因習として仏教が排斥される傾向が強まり、明治政府の神仏分離令により神と仏は、ほとんど分離されてしまいました。でも、現在では、七福神巡りなどで元々祀られていた神様が仏教寺院に於いても復活する傾向も強まっています。

そのような意味では、日本人は宗教に寛容ですね。

さて、話は本筋に戻ります。

天下統一を成し遂げた秀吉は、農民の嗅覚で刀狩りや検地を厳しく行い、ほとんどの座を廃止し、現在的にいえば民営化による商業を振興し、中央集権による日本的な封建制を発展させました。その後、徳川が天下を手中に収め都市づくりを進めたことで、江戸が経済的に潤い、徳川幕府の権威と信用の構築にも寄与しました。具体的には、商業者を城下に集めた都市計画を進めました。各地の大名、小名に江戸城の造成を命じ、上水、下水の整備など短期間に都市づくりを発展させたことで莫大な資金が市中に行き渡り、江戸の発展の基礎を作り上げました。

それが、可能となったは、それまでの地域や身分に縛られず、技術がある人々を集め都市を発展させた礎を信長が行ったことから始まったと言っても過言ではありません。もちろん莫大な費用が必要となり中央集権的な国造りがあったからこそ可能であった都市建設でした。

秀吉は検地を確立し、刀狩りを行い農民を農民として分離しました。

それを受けて、乱世を起こした原因を断ち切り再生のための復習、予習を行うことによる近世国家を確立した家康は、建設の神です。

余談ですが、今から400年も前に江戸に流れていた大河である利根川を銚子を河口とした流れに付け替えた技術や、40キロ以上の距離もある玉川上水を引いた技術を見る時、徳川三代の偉大さを感じます。

都市計画や都市づくりは、現在だけでなく将来の社会を見越すことが必要であり、文系から理系までの能力を集約することが必要です。

近世国家の成立を理解する上でも、文系だけでなく理系までの幅広い知識の集約があったからこそであることが見て取れます。

学校の勉強は、一見役に立たないと思われがちです。

しかし、学校での基礎があればこそ、その先の理解が進むのです。

同時に、学んだことがどのように生かされてゆくのかを、歴史から検証することも大事です。

また、理系だけが必要とされるわけではなく、そのまた逆も然りです。どちらの系統であったとしても、相互理解が出来る基礎知識と教養が必要であることには変わりありません。

このように、新しい世の中を想像し、創造する時、何があり何があったから、どのように変わったということを歴史から学ぶ姿勢も必要です。

最後に一言、かと言って織田信長のように「変えるために武力を用いる」という発想だけは学ばないで下さい。

時代が違えば、方法は変わるのです。